PhotoOfficeFujie
藤江幸宏写真事務所 


HOME   Wedding Landscape  Food  Portrait MAIL info@pofcanada.com
   
 YUKIHIRO FUJIE PROFILE


藤江 幸宏  プロフィール
Secret
Profile


以下に記載のプロフィールは、極めて私的な、私小説まがい(?)のプロフィールです。
時間を持て余してる方、カメラマン又は藤江幸宏個人に興味のある方以外には、全く退屈する内容です!

お仕事用のプロフィールが必要の方は別欄の《  》のプロフィールをご覧下さい。
裏プロフィールは続き物です。その1から順にお読みください。



その1  決〜〜めたっ!
僕はこうしてカメラマンへの道を歩き始めた・・・なんちゃって!




1965年3月 


僕の人生は、記録的な大雪から始まった・・・

温暖な都市、大阪。
この普段滅多に雪の降らない街に、しかも3月だというのに
その日は朝から雪が降り続き、
近所の商店街の屋根が、雪の重みで抜け落ちたそうだ。

もし親が洒落好きの人なら、今頃僕は幸宏ではなく
《雪拾》にされていたかもしれない。

以後、僕は「雪男」と言われ、どんなに積雪量の少ない時でも、
僕がスキー場に出かけて行くと・・・
必ず大雪になるというジンクスが付いて回ることになった。



そんな訳で・・・(?)

蒸し暑い大阪で育ったわりには・・・小さい頃から大の暑がり&汗っかき!

七・五・三の時に着せられた着物の袖を
「暑いから!」
・・・という理由だけで引き千切り、お手製ノースリーブ(?)に変身させた過去がある。

今思えば、もうこの時期から寒い場所が体に合っていたんだろうか? 



しかし、いくら暑がりでも、さすがに簡単に干からびたりはしない。
いつの間にか大きくなり、いつの間にか生意気になり
いつの間にか小学校に入学していた。

小学生の頃、僕達の1番の遊びと言えば・・・

野球!!

とにかく野球

現在のようにサッカーだバスケだスケボーだなんていう選択肢は無い
当たり前だがテレビゲームやパソコン、スマホなんて在るはずも無い
とにかく時間さえあれば野球だった

時代はONの全盛期、巨人がV9へ突き進んでいた時代である。

僕は近所のリトルリーグに入るほど、野球大好き少年だった!

小学校はよく自主休校(ズル休み)していたが、
放課後友達が誘いに来ると、いつも野球をして遊んでいた。


そしてもう一つの楽しみは・・・
当時住んでいた家の斜め向かいにあった新聞の集配所がくれる・・・

高校野球の無料チケット!

それを使い、甲子園まで高校野球をよく見に行っていた。


新聞社がくれるチケットは内野席、

だがなぜか・・・

その日僕達が座ったのは、遠く離れた外野の無料席。

そう、これが運命のいたずらの始まり・・・

センター後方に在る《カメラマン席》の直ぐ後だったのだ。


目の前には、新聞社から派遣されてきた第一線のスポーツカメラマン達がずらりと並んでいた。

それまで見た事も無いとんでもない《ばかでかい》超望遠レンズ
物凄い勢いでフィルムを巻き上げて行くモータードライブの音
足元の袋には、あっという間に撮影済みのフィルムが山となっていく

素早く、無駄なく行われるその作業の一つ一つに
僕はいつのまにか、野球の試合ではなく、そこで取材するカメラマンに興味を持ち
気が付けば・・・
彼らの動きをただじっと目で追い続けていた。


試合が中盤を迎えた頃
僕の頭の中は、もう野球の試合どころではなくなっていた

もっとあのカメラマンに近寄りたい
あのカメラに触ってみたい
あのレンズを通した先には一体どんな世界が見えているのか?

だが・・・
外野席とカメラマン席の間には冷たい金属のフェンスが聳え立つ

きっちりと閉め切られたそのフェンスに、
僕はまるで檻の中に閉じ込められたサルのように、張り付いていた。

一般外野席からカメラマン席までは、わずか数メートルの距離。
だが、そのわずか数メートルが、
120メートル先にあるホームベースより、更に遠く感じられた。


白熱した展開のゲームが続き、カメラマン席も次第に慌ただしさを益して行く。

デジタルカメラ全盛の現代なら、カメラマンは撮影機材以外に
パソコンや通信機器を持ち歩き、撮影したばかりのデータをその場から本社に送る。

だが・・・

当時はフィルム式カメラしかないアナログの世界
試合の流れを見ながら、時々バイク便のおやっさん達がフィルムの回収にやって来る。
大量に撮られたフィルムを素早く社に持ち帰り、夕刊に間に合わせるのだ。


そして事件が起きたのは、試合が終盤にさしかかった時だった・・・


帰りをよほど急いでいたのか、
なんと、一人の《バイク便のお兄様》がフェンスを閉めずに出て行った

それを見た瞬間


僕はもう・・・


報道専用のカメラマン席に・・・・・


忍び込んでいた。



忍び込んだからといって、小学生に何が出来る訳でもないのだが・・・
僕にとって、その区切られた空間は、未知の楽しみに満ちた不思議な世界に思えた。

何百分の一秒、何千分の一秒で勝負する世界
一瞬たりとも見逃せない緊迫した空気が漂い、
一種独特の《プロ》の世界が、そこに存在していた。


僕は素早く辺りを見渡し、
最前列で一番長そうなレンズを使っているカメラマンに向って
走り出していた。

カシャーンカシャーンカシャーンカシャーン・・・
超高速でフィルムを巻き上げていく金属音が、なぜかとても小気味良く感じられ
いつしか僕は、カメラマンの直ぐ側に座り込み、じっとその動きを見つめていた。

初めて真近で見た超望遠レンズの迫力
「なんて凄いんだろう・・・」
僕は素直に驚き、間違い無く興奮していた。

それは電車好きの子供が、
初めて新幹線を見て興奮しているのと似ていたのかも知れない。

・・・だが

はっきり言ってそれは、カメラマン側からすれば、えらい迷惑な話である。

試合終盤の大事な場面を撮影している真っ只中
突然現れた見ず知らずのガキが、直ぐ側からじ〜〜〜っと自分の事を見ているのだ。
しかも全く目線をはずさず、真剣な表情で・・・

他社のカメラマンに・・・
「なんだ?あんた、こんな大きな息子がいてたのか?」
なんて言われたりして・・・
実は、内心・・・
「えっ、まっまさか・・・・・あっ、あの時の?」
なんてビクビクしながら撮影を続けていたのかもしれない。(笑)


集中力を要するプロのスポーツ写真の現場で
これほど集中力を邪魔する奴は、他にはいないだろう。


「これ、何て言うカメラ?」
「このレンズ、いくらするの?」
「何枚くらい写真撮るの?」
・・・・・・

まあ、小学生がする質問の内容なんて、大体こんなものである。

本来なら、《不法侵入して来たガキ》を、
警備員に言って、直ぐに摘み出す事も出来ただろうに・・・
彼は、僕の質問攻めに、嫌な顔一つせず、一つ一つ丁寧に優しく答えてくれた。
(ほんとは嫌そうな顔をしてたが、感謝が薄れるので、この際少し良い人にしておく)

その日の試合が、どこ高校対どこ高校だったのか、誰が投げて、どっちが勝ったのか・・・
そんな事、なんにも覚えちゃいない。

でも、たった一つだけはっきり覚えているのは・・・

その日のうちに「カメラマンになる」と決意した事。


藤江少年、10歳の夏の一大事件であった・・・

 

************************

ふとしたきっかけから写真に興味を持った藤江少年が
次にとった行動は・・・

続きは その2 頑固者?変わり者? へお進み下さい。

裏プロフィールトップへ戻られる方はこちら




 お問合せ E-mail info@pofcanada.com



戻る