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2005年9月〜12月

2005年12月4日 キュッ、キュッ、キュッ・・・

「いい音で鳴くな〜・・・最高の雪質だな・・・」
一歩ずつ、足元の雪を踏みしめながら、僕はそう呟いていた。


数日前、雪がある程度降り積もった時点で、僕は男の子二人を引き連れ、家から5分ほどの場所に在る、小高い丘へと向かった。
フード付きのスキージャケットとスキーパンツ、スノーブーツに手袋の完全武装(?)に身を包み、ソリ遊びに行ったのだ。

ミッションと言う町は、山の斜面に広がる町なので、坂道自体はどこにでもあるが、ソリ遊びを《楽しもう》と思うと、なかなか適した場所が見つからない。
斜面が急すぎるとスピードが出すぎてコントロール出来なくなる、だが緩過ぎると逆にスピードが出なくて面白みに欠ける。木々が多い場所は危険だし、下が岩場のような場所では当然無理な話である。しかも50メートル、100メートルと一気に滑り降りれるようなオープンスペースが必要になる。

僕達がいつもソリ遊びに出かける場所は、正にそんな条件にぴったりの丘なのだ。

サーフィンを小さくしたような二人乗りのソリに、まず3人が乗って滑り降りて行く。僕が足でブレーキをかけると、先頭に乗っている次男の顔めがけて雪が飛び散り、雪だるまのように顔が真っ白になっていく。
慣れてくると子供達だけで滑り降り、雪で作ったジャンプ台に向かう・・・と、当然、そのまま大転倒して転がり落ちて行く。
なんでもない事なのだが、本人達にとってはその一つ一つが楽しくて仕方がないらしく、「キャハハハハ・・・」と言う甲高い笑い声がいつまでも続き、見ていてとても面白い。

冬場は夏に比べて撮影に出かける事も少なく、時間に余裕が出来そうなものなのだが・・・そんな訳で(?)冬場は冬場で、やはりドタバタした日々を過ごしてます。

プリント、アルバム等の納品をお待ちの皆様、雪が溶けるまで、もうしばらくお待ち下さい(笑)。

今日は《かまくら》作りだー!そうさ、そうさーみんな雪が悪いのさー・・・
2005年12月2日 「車がスリップして動かないのよ・・・」

昨日の午後、外出していた妻が戻ったのは、もう直ぐ5時になろうかという夕方の事だった。辺りは既にかなり暗く、体感気温の表示はマイナス5度を下回っていた。

「タイヤがスリップしちゃって動かないのよ」
少し興奮気味に、妻がもう一度言った。

急いで外へ出てみると、あと少しで我が家という坂の真ん中(ほんとに道のど真ん中)に、無造作に車が乗り捨ててあった。


今年、カナダ南西部地域には、記録的な早さで冬将軍がやって来た。
11月に入ると同時にスキー場は次々とオープンし、近くの小高い山々も綺麗に雪化粧を始めた。
低地では、霧の日が多く、明け方は霜で全て真っ白に凍りつく日が続いていた。
そして11月も後半になり、1週間程前からは、我が家の辺りでも雪になった。

だが一気に何十センチも積もるようなドカ雪ではない。5センチ、10センチと少しづつ降り続き、気温が低いのでそのまま溶けずに残る為、毎日子供達は雪遊びを楽しむ事ができた。

この雪遊び一つをとっても、子供の性格が出るので、見ていてとても面白い。

長男は、雪化粧した景色を、しばらく二階の窓から眺め、「綺麗だね〜・・・」なんて事をのんびり呟きながら、これまたのんびりゆっくりスキーウェアを着込んで、やっと出かけると思ったらまた戻って来て、お母さんと赤ちゃんに行って来ますの挨拶をする。今度こそ出かけるのかと思えば、トイレに行ったりして・・・とにかく何をするにも時間がかかる。
だが、一旦外に出ると、今度は呼び戻すまで戻って来ない。暗くなっても、体が冷えきって氷のようになっても、ひたすらずーっと雪の中で遊び続けている。

逆に次男は何をするのも速い!とにかく速い!
雪が降っているのを見つけると「こおりー!」(雪とは言わずに、なぜか氷と叫ぶ)と叫びながら走り出し、勝手に無茶苦茶着込んで、飛び出していく。スキーウエアを着てくれる時はまだ良いが、Tシャツ一枚でもお構いなし。時には裸足だったり、上半身裸だったり・・・近所の人が見たら、ほとんど幼児虐待しているようなもんだ。
そしてそのまま一気に雪に向かって突進して行き、一気にベタベタのドロドロになって転がり回り、気が済んだらスッと引いて家に戻って来る。

同じ家で、同じ親に育てられながら、どうしてこうも違うのか?とても不思議で面白い。

・・・だが、面白がってられないのが雪道の運転だ。
冬の撮影旅行やスキーの行き帰りで、何度もスリップしたりスピンしたりする体験をしている妻は、タイヤが空回りしたり、横滑りしたりする事に対して、非常に敏感になっている。

「坂の途中でスリップして車が動かないのよ!」

妻の声を聞きながら、僕はスノーブーツを履いて表に出た。凍りついた路面の上に、粉雪が降り積もっていて、運転するにはとても嫌な条件だった。
僕は車が滑り出さないようにそっと車に乗り込み、道の真ん中に乗り捨てあった愛車を静かに我が家の敷地内に移動した。

空を見上げると、細かい細かい粉雪が、もうすっかり暗くなった夜空いっぱいに舞っていた。
「綺麗だな〜・・・また明日の朝は違う景色が見れるんだろうな・・・」

翌朝を楽しみに、僕は家に戻った。
2005年11月3日 「あっ!・・・タージマチューだ!」

我が家に次男が生まれた時、隣町に住む友人がお祝いにやって来て、おもわずそう叫んだ。

「タージマチュー」とは、沖縄の方言で「頭につむじが二つある人」の事をそう呼ぶらしい。
しかし、それだけなら普通に「この子はタージマチューだね」と言えばいいだけの話だが、その友人は、確かに「あっ!・・・タージマチューだ!」と言った。
その最初の「あっ!」と言う驚きには、やはり「あっ!」と言うだけの理由があるという事を、僕達夫婦も最近しっかり理解できるようになってきた。

そう「タージマチュー」とは、「とんでもない、やんちゃ坊主」と言う意味でもあるらしい・・・


早いもので、友人の「あっ!」という叫びから3年の月日が流れ、我が家のタージマチューは、その名に負けない立派なタージマチューへと成長した。

現在、2〜3歳児の体操教室に通っているが、はっきり言って全く話にならない。

次元が違いすぎるのだ!

このクラスの子供達は、親に手を持ってもらいながら怖々平均台を渡り、持ち上げられるようにして台からゆっくり降りる(降ろしてもらう)。・・・だが我が家のタージマチューは一人で何食わぬ顔で平均台を渡り、そのままマットの外までジャンプする。
当然である・・・彼は、お父さんがデッキを作ってる後ろからついて来て、3メートルくらいの高さに張り巡らせた柱の上で遊んでいたんだから。
ジャンプなど、毎日何度も何度も、その何倍もの高さから、一日中飛び続けている。あまりに飛び続けるので、その衝撃で階下の照明のガラスが二度も割れたのだ。

しかし他所の保護者が更に引いてしまうのは、マット運動が始まった時だ。
やはりこの年代は、前回りひとつするにも親の補助がいる。ほとんどの子が、一人では回れない為、頭を押さえてもらい、足あげの補助をしてもらい、背中に衝撃を受けないように回転時は支えておいてもらうのだが、ここでもタージマチューは、ひとりでさっさと3段くらいの台に登り、坂になった台を物凄い勢いで前転しながら降りてくる。
ヨタヨタ・・・ドタッ・・・バタッ・・・と皆が可愛く動いている中で、ズパーッン、ビシーッンと体育館中に物凄い音を響かせる。
他所の子供達とは、動きもスピードも全く違う・・・だが、これまた当然である。
既に彼は一年ほど前から、自発的に受身の練習を毎日欠かさず続けているのだ。とにかく一日中走り、飛び、そして回転し続ける。

親ばかな話で、なんだが・・・部屋の隅から勢い良く走って来て、そのままスパッと綺麗に側転を決める2歳児を、私はそれまで見たことが無かった。数日前に3歳になった今では、前転ではなく手を着いた所から、パッと勢い良く足を蹴り上げ、そのまま背中をつけずにブリッジを決める。これまたブリッジをする3歳児など、いままで一度も見た事が無い。

裏の森の急斜面で足腰を鍛え、杉の木の枝にぶらさがってターザンのように斜面を滑り降りていく・・・

力が強く、痛みに強く、正義感が強い・・・・・・これまた当然である。彼は自分でウルトラマンだと思っているのだから(笑)。

相手が大きくても、強くても決してひるまない。
「ノー・ダディー」と言って、私にも向かってくる。

先日も、近所に住んでいるまるで山猿のような悪ガキ(6歳?)に、勢い良くパンパンパンと顔を3発続けて殴られていたが、全くひるまず拳を構えて向って行っていた。

少々末怖ろしい気もするが・・・

この先、とんでもない悪ガキになるのか?
それとも、正義の味方になってくれるのか?

タージマチューが大きくなるとどうなるのか?こんど隣町に行ったら、友人に聞いてみようと思う。
2005年10月28日 「真っ白だね〜・・・」

窓の外を眺めながら、長男が言いました。


8月後半から、気の早い木々が紅葉・落葉を始める地域ですから、大阪から移住して来た僕にとっては9月から10月中旬までが秋、10月後半になるともう冬の始まりのような気がします。
特に、10月最終日曜にはサマータイムも終わり、一気に陽が短くなっていき、ハロウィーンが終わると、もう冬本番・・・・というのが、僕個人的な毎年の感想です。

昨日、朝起きると部屋の中の空気がキーンと冷えている気がしました。辺りを見回すとバスルームの窓が開けたままで、カチカチに冷えた風が入り込んでいました。急いで窓を閉め、ファーネス(日本で言う、セントラルヒーティング)の設定温度を冬用にセットしなおしました。
ウィーン・・・・ブーー・・・・
しばらくすると各部屋の送風口から暖かい風が吹き出して来ます。もうこれから半年以上、暖房を切る事はありません。日本人の感覚からすると、かなりもったいない気がしますが、冬の間、家が傷まないように、水道管等が破裂しないように、ある一定の温度以下に下がらないように、たとえ留守の間でも暖房は働き続けます。

僕にとって、気温が低くなる事は全然嫌ではありませんが、日照時間が極端に短くなっていく事は、9年以上住んだ今でも、なかなか慣れる事ができません。

朝陽を見て、目覚めたいのですが、朝起きた時点では、まだ外は真っ暗で、「よーしっ朝だー!」って言う気になれないのです。

・・・ですが、昨日は、その暗闇の中、家々の屋根が白く浮かび上がっていました。

「お父さん・・・雪かな?・・・」
長男が不思議そうに言いました。
「雪じゃなくて凍ってるんだよ。霜が降りたのか、結露が凍りついたのか・・・屋根が凍ってるんだよ」
「ふ〜ん・・・凍ってるのか」

「綺麗だね」
「うん・・・綺麗だね」

「また長ーい冬が始まるんだよ」
「うん・・・そうだね・・・」
2005年10月25日 「今、大阪で一番・・・いや日本で一番ホットな物を送ります・・・」

添えられた手紙には、短くそう書かれていた。


数日前、日本からダンボールに入った荷物が一箱届いた。送り主は、大阪に住んでいた頃からの友人Kさん。
彼に出会ったのはもう20年も前になる・・・
1985年。・・・そう、ちょうど阪神タイガースが岡田・掛布・バースの最強クリーンナップトリオを擁して初の日本一に輝いた年。
彼は毎夜のように、阪神の帽子をかぶり、はっぴとはちまきを着け、両手にメガホンを持って、六甲おろしを歌いながらミナミの街をさまよう《典型的なトラキチ》だった。
そんな彼から、突然届いた荷物。

「お父さん、誰から来たの?誰に来たの?おもちゃはいってる?・・・」
「あら、Kさんからだ・・・ひさしぶりだね、どうしたんだろうね急に?」
日本からの荷物に興奮気味の息子と、突然の荷物に驚く妻。そして、その横で少し嫌な予感のする僕がいた。

「ねっ、お父さん、開けてもいい?」
「あっ、ああ・・いいよ!」
ビリビリビリ・・・勢い良くガムテープを引き剥がし、ダンボール箱を開けていく。

「きゃ〜かわいい!・・・こんなの売ってるんだね〜」
妻が無邪気に喜んだ。
「あっ、お父さん、これ僕の?僕の?僕の?・・・」
中身を奪い合いながら、息子達が僕に聞いた。
「う〜む、これは咲夏が生まれたお祝いに送って来てくれたんだと思うよ・・・」
ちょっと困ったように、低い声で僕が答えた。

箱の中身は・・・・・
阪神タイガースの袋、トランプ、人形、ボールペンセット、メモ帳、ノート、カレンダー、Tシャツ、タオル、ジェット風船、お菓子等々・・・びっしり阪神タイガース応援グッズで埋め尽くされていた。

阪神優勝セール?・・・わざわざ買出しに行ってくれて、わざわざカナダまで国際郵便送ってくれて、本当にありがとう・・・・

・・・って言うべきところなんだろうけどね・・・

Kさん・・・覚えてるよね。昔から何度も、何度も言ってるからね。俺は・・・

大のアンチ・タイガースファンやって言うてるやろが〜!(大笑)


トラキチ教の布教活動を、海外にまで進出するとは・・・しかも、タイガース嫌いの父を無視して、家族をタイガースファンに洗脳するとは・・・おまけに中身と送料で何万円も使うとは・・・まさに恐るべしトラキチ布教委員。

ロッテ〜がんばれ〜!

2005年10月19日 「継続は力なり!!」

これは、僕の好きな言葉の一つです。
そして、この「継続は力なり」と言う言葉は、写真に対して、またカメラマンに対して、正にぴったりと当てはまる言葉だと思います。

最近は機材やフィルム、その他様々な面での技術が進み、もはや写真を撮ると言う行為は、技術でもなんでもなくなりました。とりあえずシャッターを押しておけば、何かは写ります。・・・ですが、実際写真を作品として撮る事は、また撮り続けると言う事は、そう簡単な話ではありません。しかもその写真がある程度以上のレベルで維持されてなくてはならないプロの世界となると、これは正に「継続は力なり」と言う言葉になるわけです。

今だけ、今日だけ、今回だけ・・・なんて言う事であれば、なんとかボロを出さずにごまかせるかも知れません。一枚だけで良いのであれば、初めてカメラを触った人でも、素晴らしい写真が撮れるかも知れません。でもそう言う写真は、自分で写したのではなく、たまたま写っただけなのです。自分の頭の中に、その写真がどういう風にして撮られたかが瞬時に思い浮かばなければ、もう一度同じような写真を撮ろうとしても、お手上げです。

僕の所に、写真を見て欲しいとやって来る人が時々います。自分の撮った写真を、何かに使って欲しい、買い取って欲しいと言う人もいます。・・・ですが、みんな薄っぺらいのです。たまたま撮れた写真を集めてもって来たのが、直ぐに見えてしまうのです。造り込まれていない、選び込まれていない、考え悩んだ跡が全く見えないのです。

例えば、桜の写真を撮るにしても、新緑の写真を撮るにしても、一番鮮やかな素晴らしい状態は、おそらく一年で一日しかありません。
その一日を捉える為にカメラマンは何年も、何年も、膨大な時間とお金を注ぎ込み、作品を作っていきます。
たまたま一回行っただけで、運良くその一日に当たるかもしれません。・・・でも、それは、やはり薄っぺらいのです。海千山千の業界人に、あちこちから突付かれると、直ぐにメッキが剥がれてしまいます。

ある写真雑誌では、巻頭の口絵ページとして一人の作家の写真で最低16ページの特集を組みます。この16ページを構成する為に使われる写真はせいぜい20〜30枚程ですが、そのわずか20〜30枚の為に、提出してくれと言われる写真は、1枚につき20〜50枚のバリエーションです。つまり目の肥えた編集者に見せれるレベルの写真が1500枚くらいはないと、この巻頭ページは担当できないわけです。しかも「もう少し違うパターンを見せて」と言われたら、直ぐにまた数百枚単位で動かせなければ話になりません。
おまけにA誌で進んでる企画に似た物は、B誌で使う事は出来ません。そこにC誌から依頼があれば、更に別の数百枚が直ぐに必要になります。こういう状況を絶えず続けて行ける方は、プロの中でも極一握りの限られた方かもしれませんが・・・
長年続けていくと言う事は、様々な場面で様々な経験を積み、その中で特別な技術や知識を蓄積し、カメラマン自身の実力となってはっきり現れてきます・・・これこそが、正に「継続は力なり」と言う言葉だと思います。

人に写真を見てもらうと言う事は、非常に大事な事だと思います。ですが、大事な事だと気付かないまま見せに来る人が多いのです。
見る側は、ちゃんと企画を立て、準備をし、自信作を持ってやって来たんだと思って作品を見ます。
「いや〜自信は無いんですけど・・・」とか、「あんまり良い作品は無いんですけど・・・」と言いながら見せるくらいなら、最初から見せない方がましです!
撮影者が良くないと思うものを見せられる方は、たまったもんじゃありません。

一旦低い評価を付けられた後で、その評価を上げていくのは大変な事です。特に競争の激しい世界では、第一印象は非常に重要な点です。
「あいつはダメ!」と一度思われたら、もう二度と仕事は来ません。

誰かを訪ねて行ったり、売り込みに行ったりする事は、とても勇気が要る行為です。どうせ行くのなら、相手を唸らせるくらいのつもりで、真剣に取り掛かって下さい。

じっくり溜め込んだ力で飛び立った人は、直ぐに落ちる事はありません。中途半端な力で飛び立とうとした人は、高く上がる前に直ぐに落ちてきます。
「継続は力なり」、コツコツ一つの事を続けて行くのは、とても地味で根気のいる作業ですが、それを続けて行けると言うことが《 力 》なのです。
しっかり溜め込んだ力を、ここだ!と思う時に一気に爆発させてください。

今回は少しきつい言葉が続きましたが、大切な時間とお金を無駄遣いしないように、諦めずにがんばって下さい。

継続は力なり・・・継続・・・継続・・・そう言えば、このページの書き込みは、さぼり過ぎで、継続してませんね〜・・・力の無い証拠ですね・・・えらいこっちゃ。

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上に書いた内容は、あくまでもプロの方、またはプロを目指してる方の場合ですから、誤解のないように。
アマチュアの方は、遠慮せずにどんどんいろんな人に写真見せて、自慢したり、恥かいたりしても全然構わないと思いますよ。こんなにお金の掛かる趣味はあまり他に無いですから、《写真=楽しい》と思えるように、十分楽しんで下さい。
2005年9月28日 「いやだ〜結婚式なんか絶対にしないー!」


秋・・・ウエディングシーズンの真っ只中で、撮影に疲れた、僕がそう叫んだ・・・・・・と言う訳ではなく、大声でそう叫んだのは、僕の横にいた長男でした。

いつも一緒に仕事をするビデオさんから、先日撮影に行ったウエディングのサンプルビデオを受け取り、その中身をチェックしていた時の事です・・・

「お父さん何見てるの?」
「んっ?・・・これか?これは、この前お父さんが写真撮りに行った結婚式のビデオだよ。時々お父さんも映ってるから探してごらん」

真剣な表情で画面を見つめる長男。
主役ではなく、カメラマンとして参加しているので、当然、絶えず画面に映っているわけではありません。時々忘れた頃に画面の隅の方をパッと横切るので、じっと集中して見てないと見過ごしてしまうのです。

「あっ・・・いてたよ!今映ってたのがお父さんでしょ?」
「そうだよ、よく分かったな・・・よーく見ててごらん、また出てくるよ」

最初は、まるでテレビゲームでも楽しむようにはしゃいでいた長男の表情が・・・しばらくして、はっきりと曇ってきました。

「なんで結婚式なんかするの?」

凄く単純な質問ですが、小さな子供に説明するとなると、これがなかなか大変です・・・
「えーっとね・・・この白いドレスのお姉さんと、この黒い服着たお兄さんがとっても仲良しだから、今日から一緒に二人で暮らしましょって約束してるんだよ」
「えっ・・・!」
長男の表情が益々曇りました。
「結婚式したら家から出ちゃうの?」
「うーむ出ちゃうって言うか・・・二人で新しい家に住むんだよ」
「じゃあ家には・・・もう帰って来れないの?」
ここで押さえてたものが一気に爆発しました・・・

「うわぁ〜嫌だー結婚式なんか嫌だー・・・結婚式なんか絶対行かないー・・・嫌だー宏大はお父さんとお母さんと陽介と咲夏とラスティと金魚とみんな一緒の家じゃないと嫌だー・・・・結婚式なんか大嫌いだーうえぇーん・・・絶対行きたくないよー・・・」

結婚式に行くと、二度と家には戻って来れないと思ったようですが、あまりにも真剣に言うので笑う訳にもいかず、少し困ってしまいました。

「クソオヤジ、こんな家飛び出してやる!」・・・って言われるのも問題ですが、ずーっと家に居られるのも、また問題ですしね。
こんな可愛い事言ってくれるのって、後何年くらいなんでしょうね?
2005年9月13日 とーーーーっても間隔が空いてしまいました・・・


・・・と言う言葉を一体何度このページに書き込んだ事か。

そこで今日は、どうしてこのページへの書き込み間隔が空いてしまうのか、徹底的に自己分析してみました。

まず・・・
理由その1、私の仕事の内容や時間帯が不規則で、出たり入ったりも多い為、なかなか毎日同じようなペースで書き込めない・・・・・でも、はっきり言って、言い訳ですね、これは。

理由その2、8月に3番目の子供が生まれ、上の子供二人にも手がかかる為、毎日朝から晩までどたばたと忙しい・・・・・う〜む、これは更に大きな言い訳ですね。

理由その3、オフィスが自宅内にある為、なにかと雑用に追われる日々・・・・・これは言い訳にもなりませんね。

理由その4、目の前にある急ぎの用事から片付けて行くうちに、もうクタクタで、夜遅くになってからこのページを書き込む気力も体力も残ってない・・・・・う〜む、これが半分以上は正解なんですが・・・・・・ここでまた考えました!!

では、どうして空いた時間、短い時間にササッと書き込めないのか?・・・これ、結局は僕の性格が一番の問題のようですね。

まず・・・パッパッと2〜3行だけの手抜きのつまらない内容なら書きたくない→もし、無理して何か書き込んでも、きっと面白くない→書き手が面白いと思わないで書いた物を読んでも、読み手が面白いはずがない→大阪出身者の悲しい性ですが、出来れば最後にしっかり《落ち》をつけたい→雑誌の記事なども書くので、書き始めると、どうしてもきっちりと説明や起承転結を書く癖がある→結果的に短い文章で収まらず、どんどん長い文章を書きたくなる→内容が長くなると言う事は、じっくり考えてから書き込もうとする→その為、時間の空いてる時しか書き込めなくなる→結果、このページへの書き込み間隔が空いてしまう。

・・・と、以上のような合理的かつ理不尽で、現在の自民党のような強引かつ一方的な、長ーい方程式が完成致しました!

ではここで、最終結論を発表いたします!
「凝り性で、完璧主義(?)で、おまけに最後の締めに落ちが無いとどうも納得いかないと言うような困った性格の持ち主には、長い文章は良くても、短い文章を毎日コツコツ書き込み続けるのは困難である」・・・と、はっきり分かりました。

ふ〜む、そうかそうか・・・そういうことだったんだな〜・・・これだけ科学的根拠(笑)が揃うと説得力があるなー・・・仕方が無いな〜・・・ふ〜むそうか、そりゃ間隔も空くわな・・・

あっ、もう一つ付け加えると・・・
長〜〜い言い訳は得意ですが、謝るのは大嫌いと言う事実も判明しました(笑)。

これに懲りず、今後とも宜しくお願い致します。(反省・・・少しだけ)