藤江 幸宏  プロフィール

以下に記載のプロフィールは極々私的な、私小説まがい(?)のプロフィールです。
時間を持て余してる方、カメラマン又は、藤江幸宏個人に興味のある方以外には全く退屈する内容です!

お仕事用のプロフィールが必要の方は別欄の《  》のプロフィールをご覧下さい。
裏プロフィールの内容はは続き物です。その1から順にお読み下さい。



その6 プロの眼



意を決して行った東京で、元々わずかしかなかった自信を木っ端微塵に砕かれ
仕方なく大阪に戻った僕は
またアルバイトをして資金を貯め、北米を目指すという
以前と全く変わり栄えのしない日々を送っていた。

だがもう迷いは消えていた。
奴らの言う「プロに絶対なってやる」
動機はかなり不純かも知れないが、そんな事はどうでもよかった

「やってやる、絶対見返してやる!」

・・・という気持だけは、確実に強まっていた。



そんなある日、母が言った・・・

「一緒に絵のお稽古をしてる私の友達のお姉さんの旦那さん(←ややこしい!)がカメラマンで
今、丁度個展をしてるらしいけど・・・行ってみる?」

カメラマンの名前は「アンダ知宏」

日本広告写真家協会の理事をされていた程の、写真業界では大御所の大先生である

だが、業界の事などあまり知らなかった僕は、それまでアンダのアの字も聞いた事が無く、
とりあえず行ってみるか・・・
というくらいの軽い乗りで、出かけて行く事にした。




大阪・梅田にあるキャノンサロンの2階ギャラリー

「ほーっ、君も写真をやってるのかね・・・
じゃあ、こんど時間のある時にでも、是非作品を持って一度遊びに来なさい」

軽く笑みを浮かべながら、アンダ先生がそう言った。
その時僕の横には、
先生の奥さんの妹の絵画教室の友人である僕の母親(ややこしいって)がいた、
先生としては、社交辞令の意味も込めて
「是非遊びに・・・」
なんて言われたのかも知れない。

だが、こんなチャンスを僕が逃すはずはなく
その後、何度も先生の家を尋ねて行くようになった。


先生は何事にも全く妥協を許さない、とても厳しい方だった。

僕が中途半端な気持で、迷いながら撮影した写真は直ぐに見抜かれ

「ふんっ、、こんな写真を持ってても何の役にもたたん。
捨ててしまえ!
・・・と言っても自分じゃ捨て難いだろうから・・・」

・・・と、その場で火を付けてオリジナルのフィルムを燃やしてしまうことさえあった。

だがなぜか、僕はこの先生に怒られるのが好きだった。
(特別変な趣味が有るわけではないが・・・)
3歳の時、父親がガンで亡くなった僕にとって、
《大人の男》に面と向って説教されたり、怒られたりする事が
怖くもあり、不思議でもあり、少し新鮮でもあった。

僕は毎回先生の話にのめり込んでいった。
写真の話はもちろんの事、海外での様々な話、人としての話・・・
とにかく先生の話しは、とても刺激的で面白かった。
だが、それはバラエティー番組のように大声を出してその場で笑う面白さではなかった。
些細な会話や、ほんのちょっとした仕草の中に鍵が隠されていて
時間が経過してから、その謎が少しづつ、じわじわと解けて行くような
まるで推理小説のような面白さだった。

物事に対する目の付け所が、普通の方とはまるで違い、
話しの切り口が独特でとても鋭い。

僕はそこに生まれて初めて《プロ》を感じた。

意を決し、売り込みに行った東京で、嫌と言うほど聞かされた言葉
《 プ ロ 》の世界を、目の前にした気がした。

・・・と同時に、きっと僕の薄っぺらさも見抜かれていたに違いない。



・・・・・・・・・・・・・


それでも懲りずに
アルバイトで資金を溜めては、北米に行く生活を続けていた
そんなある日、先生から電話がかかって来た・・・


「藤江君、君はまだアルバイトばっかりしてるのか?」
「はっ、はい・・・」
僕のその自信の無さそうな返事を聞いて、
先生は「フ〜ッ」と短く溜息をついてから、ゆっくりとこう言われた。

「実は、僕が昔からお付き合いさせてもらってるエージェントが大阪に在るんだが
今そこで人材を募集してる・・・どうだ、君、行ってみる気はあるかね?」

僕は自分の耳を疑った。
えっ、業界で働ける!?・・・

だが・・・

「はい、今直ぐに行きます」と言いたい気持と、
もしそこで働き出すと、今まで続けて来た北米の取材には、もう行けなくなる?
・・・という不安な気持ちが同居していた。

直ぐに返事をしない僕に、先生が続けた・・・

「アルバイトをして、お金を貯めながら撮影を続けるのも悪いとは言わん、だが・・・
もう一度業界の中に入って、じっくり勉強をするのも・・・無駄じゃないと思うがね」

僕の気持は既に先生に見透かされていた。

結局僕は、その言葉に背中を押されるようにして、
あるフォトエージェントの扉を開けていた。


幸いにも、ここの会社の社長H氏は僕のわがままを理解してくれ、
カメラマンという立場を保ちつつ、アルバイト〜準社員として雇ってくれた。


そして驚いた事に、この会社の壁に掛けてあったのは
僕が毎日、毎日工場で呪文を唱え続けていた

あのカレンダーだった!

憧れ、励まされ、毎日生きる気力をもらっていたあのカレンダーは、
このエージェントと取引のあるカメラマンの作品で作られていた。

ここで働くと、こういう写真を撮る為の勉強が出来るんだ
こういう写真を撮るプロのカメラマン達の、生の話が聞けるんだ


僕はまるで初恋の人に巡り合ったかのように興奮し、
いつまでもそのカレンダーを見つめていた。





**********************


ようやく写真業界に復帰し、これからまたカメラマンの道を歩き出そうと言う所まで来ました。

更に続きも読んでやろーかな、なんていうボランティア精神旺盛な方は

 その7 ・ 回り始めた歯車 ・・・へお進み下さい。

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