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藤江 幸宏 裏 プロフィール
以下に記載のプロフィールは極々私的な、私小説まがい(?)のプロフィールです。
時間を持て余してる方、カメラマン又は、藤江幸宏個人に興味のある方以外には全く退屈する内容です!
お仕事用のプロフィールが必要の方は別欄の《 表 》のプロフィールをご覧下さい。
裏プロフィールの内容はは続き物です。その1から順にお読み下さい。
その5 ふざけるなー!
写真科の在る高校を卒業して、18歳で直ぐに写真スタジオに勤め出し
その後、いろいろ回り道をしながら北米の取材を続けていた僕に・・・
「大学に行ってるつもりで、その間に自分のやりたい事をやればいいじゃないの!」
・・・なんて優しく言ってくれる方もいたが、
気が付けば・・・もう23歳
短大どころか、浪人した上で四年制大学を卒業してる歳になっていた。
これ以上、無駄に時間を過ごすわけにはいかない。
いくら待ってても誰も迎えになど来てはくれない。
同じ事だけを繰り返してても、何も始まらない。
撮り貯めた写真を、ただいつまでも手元に寝かせておいても意味がない。
僕は、お気に入りの写真を選び、見せやすいようにファイルに整理し、
一人新大阪駅から、上りの新幹線に乗っていた。
小学生の時、母に連れられ初めて新幹線に乗った時よりも
更に何倍も興奮している僕がそこにいた。
だが、東京に着いたところで
まったくコネは無く
その上、行く当ても無い
おまけに自信も無いのだから
もう、どうしようもない
とりあえず本屋で、写真関連の雑誌を出している出版社を片っ端から調べ
突撃してみるしかない!
・・・と、心の中では思っているのだが、これがなかなか思うようにはいかない。
受話器を持つ勇気がなかなか湧いて来ないのだ。
「一体何からどう話始めれば良いんだろうか?」
考えれば、考える程、電話が遠くに感じられた。
僕は小さい頃からよく「頑固者」と言われていた。
一度こうと決めたら、てこでも動かない困った奴だった。
そして本当に自分で良いと思わない物を、良いとは言え無い性格だった。
こういう性格は、良い方向に転べば問題無いのだろうが
自分の写真を売込む際には、大いに邪魔になった。
大袈裟に自分を売り込んだりする事が、どうしても出来ないのだ。
何年も後に出会ったトップクラスのカメラマン達に皆共通していた事は、
自分自身に絶対の自信を持っていると言うことだった。
良い悪いと言う意味ではなく、しっかりとした自己を持ち、
皆それをはっきりと自分の言葉で主張していた。
他人の言葉に耳を傾ける事はあっても、決して他人の言葉に流されない。
一言で言えば「わがまま」な人達なのかも知れない。
だが、彼等の持っている最後まで自分の意思を押し通す「強さ」
それこそが、プロがプロであり続ける為の強さなんだと感じた。
だが、当時の僕には、そんな強さも、自信も・・・
そして良いと思えない物を良いと言うような「ずるさ」も
持ち合わせてはいなかった。
東京駅の片隅、大きなカバンを足元に置き、
公衆電話の前でメモ用紙を取り出して、一人ブツブツ言ってると・・・
「お兄さん、お兄さん、泊まるとこ決まってるの・・・」
「お兄ちゃんええ体してるやんか・・・仕事あるけど、どう?」
なんていう勧誘が次々に寄って来た。
職を探して上京して来た、家出少年(青年?)にでも見えたのだろうか?
僕は情けない気持でその勧誘を断りつつ、
他に良い方法も浮かばないので、ようやく電話をかけ始めた・・・
だが、結果は散々たるものだった。
写真を見てもらうとか、批評してもらうとか、そう言う次元の話ではなく
まず、全く会ってもらえないのだ。
本が売れない、雑誌が売れないと言われる昨今、
写真誌の構成は、大きく様変わりし、出来るだけ読者が参加出来る形式を取っている。
アマチュアカメラマンにもどんどん誌面に出るチャンスを与える事で、
購買意欲を増進させ、なおかつプロが少ない分、経費が安くですむという事らしい。
だが、当時の写真誌は極一握りのプロの写真が誌面の大半を占め、
アマチュアが入り込む余地等、ほとんど残されてはいなかった。
当然、電話をいくらかけても、ほとんど相手になどされはしない。
電話をかけてもかけても冷たくあしらわれる
負けず嫌いの僕はだんだん腹が立ってきて
「よーっし、こうなりゃ電話なんかしないで突然押しかけてやる!」
と、アポイント無しで、ある大手出版社の編集室に突撃した
・・・が
今度は「電話もせずに来やがって何て奴だ!」と罵られる。
どうして良いのか分からない、
業界へ入り込む為の糸口のかけらさえ見つからないまま、
ただ無意味な滞在期間だけが、毎日過ぎて行った。
中には会ってくれる所もあったが、
「仕方なく時間を潰してるんだ・・・」という雰囲気が直ぐに読み取れた。
そして、いったい何件目の電話だっただろうか
僕は、その時最後に掛けた電話の事を、今でもはっきりと覚えている。
「あのー・・・北米大陸を撮影して回ってるんですが、
その写真を見て頂けないでしょうか?」
「北米?・・・・・アメリカ?」
「はい、アメリカの西海岸を中心に撮影してるんですが」
「あっそ、アメリカの西海岸・・・他にも撮ってる人いっぱいいるからね」
「・・・・・・・・」
「えーっと・・・あんたプロ?」
「えっ、いや・・・・違います」
「あっ違うの、あっそう。じゃあ、お会いしてもお互い時間の無駄でしょ、じゃ」
ガチャン!
ツーツーツー
一方的に切られた電話、
だが電話が切れても、その男の言葉が、いつまでも頭の中に残っていた。
プロ?
プロ?
プロ?
プロって一体なんなんだ!
プロだって、最初は皆アマチュアじゃないのか!
どいつもこいつも口をそろえて「プロ・プロ・プロ?」
プロがそんなに偉いのか!
ふざけるなー・・・何がプロだ!
いつかあいつら絶対に見返してやる!
奴らが言うプロになってやる!
くっそー、ふざけるな〜!
その日の夕方、僕は下りの新幹線の中にいた。
薄暗く、もうほとんど何も見えなくなった外の景色を睨み付けながら、
何度も何度も、そう呟いていた。
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憧れる人が多いと言う事は、それだけ競走が厳しいと言う事
まっ、世の中そんなに甘くはないと言う事ですね。
それで、それで・・・続きはどうなったの?と言って下さる優しい方は
その6 プロの眼 へお進み下さい。
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