滑り出したら止まらない?!

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「ふ〜っ、危なかった〜・・・」

谷底を眺めながら、僕は心の中でそう呟いていた。



ガードレールなどかけらも無いその道は、
山の斜面をただ削り取るようにして作られているだけだった。

片側はそのまま一気に谷底へと落ち込み、
反対側は急な斜面が壁として聳えている。

そして今その斜面には、ついさっきまで僕が運転していた車が、
みごとに車体の半分を雪に埋もれながら、じっと止まっていた。



その日の路面状況は・・・
雪と氷と濡れたアスファルトの部分が混ざりながら、次々と変化する最悪の状態だった。

出きる事ならこんな日に、こんな道の運転は遠慮したいところだが・・・

道はこの一本しかない。

進むにしても戻るにしても、北も南もとにかくこの道を進む以外他に選択肢は無かった。



「ゆっくり、ゆっくり・・・慎重に・・・落ち付いて・・・」
まるで呪文のように、何度も何度も自分自身に、そう呟きながらの運転だった。


急発進、急ハンドル、急ブレーキ・・・

これらが真冬のドライブでは厳禁だと言うことくらい、誰でも知っている。

だが右側のタイヤだけがアスファルトを踏み、左側のタイヤだけが氷に乗り上げた場合、
たとえ真っ直ぐの直線道路をおとなしく走っていたとしても、
急激に左右の摩擦抵抗が大きく狂い、車は勢い良くスピンを始めてしまう。

真っ直ぐの道で安全運転をしているのに
突然車が滑り出したら・・・
突然ハンドルも、ブレーキも全く効かなくなったら・・・

後はもう車が自然に止まる事を祈るか、
どこかにぶつかるのを待つしか方法はないような気がした。


もし車が左ではなく、右側に滑っていたらどうなっていたか・・・
想像すると、自然に「ふ〜っ」と深く溜息が出て、僕はじっと天を仰いでいた。

こういう恐怖体験は、いつもその時ではなく、しばらくしてからじわじわと沸いて来る。

ごつい防寒着のフードから、唯一露出している顔の上に
チラチラと雪が舞い降りて来るが、その冷たさをなかなか感じる余裕はなかった。

もしこのまま雪が本格的に降り始めたら、
車の滑った形跡など直ぐに消えてしまうだろう。

谷の深さは数百メートルから、場所によっては千メートル程もある。
もしも神様が「ふっ」と右側に向けて風を吹き付けていたら・・・
おそらく僕達は谷底に落ちたまま、(早くても)次の春が来るまで、
誰にも気付かれていなかったかもしれない。



僕は車の滑って来た路面をじっと見ながら、その道の名前を思い浮べていた。
カナダ・アルバータ州、
ジャスパー国立公園からバンフ国立公園を南北に結ぶハイウェー93号線。

通称アイスフィールドパークウェー

・・・まったく良く名付けたものだと感心してしまう。



厳冬季のロッキー山脈は、安易に人が近付く事を許してはくれない。
しかし一度その懐に入り込んでしまうと、
そこには1年で一番神秘的な表情をしたロッキー山脈が、威厳を放つかのようにどっしりと聳えている。
冬の魅力に取り付かれた人達は、どんなに危険だと知っていても、
またその表情を見るために、再びこの道へと帰って来る。


きっと僕もそんな魅力に取り付かれた一人なのかもしれない・・・



僕は足元の雪を慎重に二〜三度踏みしめ、
道の端がどこまで有るのかを確かめながら、ゆっくりと、もう一度谷底を覗いて見た。

切り立った岩盤の斜面の遥か下方に、
深い針葉樹の森が、何事も無かったように静かに広がり、
それを見下ろすかのように森林限界を突き抜けた岩山が白く輝いていた。

原稿の内容と写真は別の場所です。