乾燥した大地

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「この辺りでお昼の休憩にしようか・・・」

僕はそれだけ言うと、妻の返事も聞かず、急いで車を止めていた。


窓の外に広がるアイダホの大平原。

青く澄みきった空。

小さなフカフカした綿雲が、遥かかなたの地平線から風に乗って果てし無く飛ばされて来る。


空、雲、光・・・

言葉にするとなんとも簡単だが、この三つの条件が良い状態で揃う事は滅多に有る事じゃない。
僕はもうとても落ち付いて車の運転などしていられなかった。


運転席のドアを開けると同時に、ビューと勢いの良い風が、僕の顔を少し強めに撫でて行った。

空を見上げ、大きく息を吸い込んでみる。
風は生温く、驚く程カラカラに乾いていた。

僕はいろいろな場所を旅する中で、なぜか風に吹かれるのが大好きだった。
風に吹かれていると、その土地、その町の持つ独特の匂いや雰囲気を、
直に肌で感じられる気がした。

季節の変わり目を感じるのも、いつも風の運んで来る独特の何かからだった。


しばらくすると、また強い風が僕の体を邪魔そうに擦り抜けて行った。
見えるはずの無い風を目で追うように、
僕は風の進んで行ったであろう方向をじっと見ていた。

自分たち以外に一台の車も見つける事の出来ない一本の道。
そしてその両側には、どこまでも広がる乾いた大地が、ただ果てしなく地平線まで続いている。


大平原のど真ん中、僕達の家代わりのトレーラーとトラックがポツンと止まっている。
近くで見ると結構な大きさだが、それが今はやたらと小さく見えてしまう。


機材を取り出し、道の真ん中に三脚を立て、もう一度ゆっくりと辺りを見回してみる。
「もしかして・・・、今僕は見渡す限りの大平原の中で、
一番背の高い生き物なのかもしれない!」
そんなどうでもいいような事が、少し嬉しくて、少し不思議な気分だった。


シーンとした風景の中に、時折響く風の通り過ぎる音と、
カシャッカシャッというシャッターの切れる音が、不思議な程耳に心地良く感じられた。

車の中から見ていた景色は、
とても静かでゆったりとした時間の中に広がっているような気がしていたが、
思ったより風は強く、雲は驚く程早い速度で通り過ぎて行った。
そして・・・
怖いほど澄みきった青い空は、異常なほどに乾ききっていた・・・



元々、アメリカ西部の山脈地帯を越えた東側には、
熱風が吹き抜けるデザート地帯が数多く広がっている。
だがこの年のアメリカ北部からカナダに渡る広い範囲の乾燥は、尋常ではなかった。

この旅に出てからわずか1ヶ月余りの間に、僕達はいったい何度山火事に出あっただろうか。
乾ききった風は、ほんのわずかな火を瞬く間に大火へと変え、
どこまでも押し広げ、自然の脅威を人間に見せ付ける。


僕はこの年、過去17年の北米取材で最高の空を見た。
乾燥しきった風は、吸い込まれて行きそうな程深い青い空と、
形の良い雲を僕にプレゼントしてくれた。
だがその反面、
それは至る所に山火事を引き起こし、多くの人達に災害の爪跡を大きく残していた。

《 美しい自然=人に優しい自然 》ではない。

時に厳しく、鋭い牙をむいて襲いかかって来る。



また風が擦り抜けて行く。
今度の風は、なぜか少しだけ痛いような気がした。
そっと振り返って見るが、そこにはやはり一本の道が地平線まで続くだけだった。