削り取られた春

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下記の原稿は、2001年モーターマガジン社・月刊カメラマン誌に連載された《カナダ写真生活日記》の内容に、
加筆・訂正を加えてレイアウトし直した物です。



「なんだか雰囲気が全然違うわね…」

 森に1歩踏み込んだ瞬間、妻が不安そうにそう呟いた・・・


 記録的大雪の降った冬が過ぎ、
僕達は雪融け水で迫力の増した滝を撮影するため、
以前にも何度か訪れたことのあるアメリカ、カナダの国境近くの山へと入っていた。

しかし、
見覚えのある森を進んでいる筈なのに、
行けども行けども、僕達の目の前に現れるのは《見覚えの無い景色》だった。


 無残になぎ倒された木々、ごっそりと削り取られた斜面、
砕け散った岩、滝まで続いていた登山道は途中からきれいに消え去り、
その先に広がっていたのは、まるで災害の爪跡だった。



 更に進むと、小さな板で出来た・・・

「これより先、危険!!」

の看板が僕の目に飛び込んで来た。


「一体なんなんだ、この変わり様は」

辺りはすっかり荒地と化し、やがて轟音は振動へと変わる。
森全体が唸り、叫んでいるような轟音は、僕達を恐怖と緊張で包み込んで行く。


それでも僕は、滝の直ぐ近くで撮影をしたい気持を押さえられずに、
パラパラと小石の落ちて来る斜面を、少しづつゆっくりと進んで行った。


重い機材、小石の多い急斜面、そのうえ濡れていて滑りやすいと、
登るには最悪の条件が揃っている。

1歩踏み出すと半歩滑る、なんとも効率の悪い登りを続け、
ようやく水飛沫のかかるくらいの距離まで滝に近づき、静かに見上げた・・・

 「すっ、凄い…」

 僕は少しの間、その迫力に圧倒され、全身に水飛沫を浴びながら、
ただぼーっと滝を見上げていた。


 滝の撮影の面白さは、轟音響かせ襲いかかって来そうな迫力を感じれると同時に、
繊細で静かな雰囲気を感じさせてくれる、
そんな剛と柔の両極面を合わせ持っているからではないだろうか。 



 不安定な岩場に、どうにか三脚を立て、撮影を続けていると、
いつのまにか僕のいる位置まで妻が急斜面を登って来て、こう言った。

 「確か…この辺りに小さな展望台が在ったんじゃない?」

 「そう言われれば…」

 今まで撮影に夢中で気にもとめていなかったが、
確かに登山道を登りきった所には、丸太の小さな展望台が在ったはずだ。

僕は改めてじっくり辺りを見渡した。

そして、足元にほんのわずかなコンクリートのかけらが転がっているのを見付けた。

 「もしかして…それじゃないか?」

 それはわずかに残った、展望台の基礎の部分だった。


僕達が立っていたのは、崩れて来た土砂が溜まって出来たほんのわずかな足場だったのだ。

元々そこに在った展望台も、そこに続く登山道も、
辺りの木や岩の全ても、
頭上数百メートルから転がり落ちて来た大きな氷の塊が、
ざっくりと綺麗に削り取ってしまっていたのだ。


僕は、その様子を頭に思い浮かべると、少し背筋が寒くなり、無言のまま妻の方を見た。

 「そっ、そろそろ…降りようか」

 「そっ、そうね・・・」

 珍しく意見の合った僕達は、静かに静かにそーっと斜面を下りて行った。

添付写真と原稿の内容とは別の場所です。