子供が泣いたら・・・・口をふさげ?!

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下記の原稿は、2001年モーターマガジン社・月刊カメラマン誌に連載された《カナダ写真生活日記》の内容に、
加筆・訂正を加えてレイアウトし直した物です。



「子供が大事だったら・・・よーく聞けよ」

 話し始めたその男の目は、真剣そのものだった。

 「いいか、もし子供が泣きだしたら…
・・・・・・
かまわね―から口をふさげ…」


 いきなり過激な始まり方をしてしまったが、
決してこれはやくざ映画のワンシーンと言う訳ではない。

この時、僕は、厳冬のカナディアンロッキーの撮影の為に、
日本でも有名なコロンビア大氷原の南数十キロの位置に、三脚を立てていた。



 僕の大好きな季節…冬


 何もかもが凍り付き、真っ白な雪に覆われる神秘的な季節。
 
…だが

見た目の美しさとは逆に、実際そこで暮らしていくという事は、並大抵の事ではないらしい。
 




 僕は強風の中での撮影に備え、出来るだけ三脚の足を短くし、
更にその半分ほどを雪の中に埋め込んだ。
そして、レンズとカメラを抱え込むようにして体重をかけ、
少しでもブレないように注意しながら撮影を開始した。

少し大袈裟なほど慎重に、ゆっくりと静かに息を殺しながら、
ほとんど凍り付いてしまったレリーズのボタンを押して行く


…そして、ある人物の事を思い出していた…




 この撮影を始める前に、僕は近くの町で一人の男に出会った。

彼は長年ジャスパー〜バンフの両国立公園を結ぶアイスフィールドパークウェイで
道路メンテナンスの仕事をしていたと言う。
小さなキャンピングトレーラーを、悪天候で有名なコロンビア大氷原の直ぐ近くに持ち込み、
しかも生後2週間の赤ん坊まで連れて生活をしていたと言うかなりのつわものだ。
 

「いいか、悪条件の日に赤ん坊を連れて出るだろ、

そしたらな…肺が凍っちまうんだ!

・・・だからマスクをして、毛布で包んで、それでもヤバイと思ったら…

かまわないから口をふさげ」

 「何もそんな悪条件の日に赤ん坊を連れ出さなくても…」と思うのだが、
元々そういう所に住み付いているのだから仕方が無い。

更に彼はこう続けた・・・
 
「トレーラーを出ようと思ってドアノブを握るだろ、
そしたらドライアイスみたいに手に貼り付くんだ。
車に乗ろうとしたら鍵穴が凍り付いて無くなってるし、
走り出してしばらくの間は、タイヤが変形したまま凍ってるからボコボコ、バコバコ言ってなー…」
彼は、人懐っこそうな笑顔を浮かべ、楽しそうにそう言うが・・・

 僕は、その話しを聞きながら、
段々とんでもない所へ来てしまったような不安な気持になって来た。


 「まあ心配するな、大人は大丈夫だ」
 「ほっ…」僕は少し安心した

…だが…

 「でも、走るなよ。息が切れたら大人の肺も凍るんだぜ」
 
「げげっ…」


吹き付ける地吹雪の中、
僕は、 カメラを抱え込みながら、小さく小さく呼吸しながら撮影を続けた。