いざカナダへ!



 《 その4 日本脱出 》


 「あの…本当に宛先はこれでいいんですか?」

 船便でカナダへ送る荷物の発送当日、
現場責任者のSさんが、書類と僕の顔を交互に見なが らそう訊いた。
 
「…はい、構いませんからそれで送って下さい」
 
僕にはそれ以上答えようが無かった…

数週間前に、引越し業者から預かっていた数枚の書類。
僕は、その中で最後まで記入せず、空けたままにしておいた送り先の欄に

「カナダ・ブリティッシュコロンビア州・バンクーバーの港止め」

・・・と記入して、書類を手渡した。




 1996年6月

 僕達は長年の夢だった北米大陸への移住を、ついに現実の物にしようとしていた。
 だが、この時点で決まっているのは・・・

行き先が《カナダ》という事だけ

その後、向うでどういう生活が始まり、
どうやって生活を成り立たせて行くのかと言う肝心の部分は、
まだまだぼやけたままだった。

 大体、僕達には住む場所も決まっていないのだから、
その先にあるカナダでの新しい生活の事まで、決まるはずが無い。
 
普通、家族単位でカナダへ移住する場合、
まず最初にしなければいけないのは、ビザを申請するという事。
短期の観光旅行と違い、移住という事になると、ビザが無ければ話しにならない。

無事に書類審査や面接をパスすれば、
一度カナダへ渡り、正式にビザを取得する。
そして、ホテル住まい等をしながら、じっくりと住居を探す。

良い物件が見つかり、無事に契約を済ませると、
また日本に戻り、移住の準備を整え、
日程を見て新居へと船便で荷物を送る。
荷物のカナダ到着予定日に合わせ、本人達は飛行機で再びカナダへ渡り、
移住の手続きを済ませ、カナダでの新しい生活を開始する
…というのが一般的に多いパターンだ。

 ・・・だが、

僕達の移住は、大幅にこの順序を入れ換えてしまった。

 まず最初に・・・
日本で住んでいたマンションを、家具や電化製品と一緒に売ってしまい、
その他の荷物を船便として発送する。

その後直ぐ、僕達は最低限のキャンプ用品と撮影用機材を持って、飛行機でカナダへと渡る。

この時点で持っているのは、当然短期滞在用の《観光ビザ》だけだ。
 

カナダに着いてから、船便が届くまでに家を見付け、
2ヶ月後バンクーバー港に船便が届く頃には、
既に明るいカナダでの生活設計が、しっかりと目の前で輝いている…

…んじゃないだろうかと、

そんな甘い期待を抱いて、無謀にも僕達のカナダ移住計画は動き出したのだ。




 1996年6月30日

 カナダへの移住当日を迎え、
僕達二人は長年住み慣れた大阪のマンションの一室で、
日本で飲む最後のコーヒーを楽しみながら、想い出話を交わし、
ゆったりと出発までの時間を過ごしている…

・・・はずだったのだが

現実の引越しはそんなドラマのワンシーンのように、
簡単には行かなかった…

 「おい、おい…まだそんな事やってるのか」
 
ちらかった荷物と段ボールの山に埋もれた僕達を見付けて、
十年来の友人久保田さんがそう言った。
車も売り払い、足の無くなった僕達を、空港まで送る為に、
わざわざ来てくれたのだが、出て来た言葉は…

 「確か…今日だよな、引越し?」

 …と、疑問符付きだった。

 
「なんでこんなに荷物が残ってんだよ」
 「仕方ないでしょ、テントにマットに寝袋に…かさばる物ばっかり残ってるんだから…」
 「それにしても…なんか凄い荷物だな」
 
不満を口にする僕を、すかさず妻の目が睨む。
 
「私はいいのよ、別にキャンプ道具なんて持っていかなくても…」
 
…しかし、そう言われても
 
『よーっし、しばらくは豪華にホテル暮らしでもして、かさばる物は宅急便で送るかー…』
 
…何て事は、口が裂けても言えない僕は、
ただ黙ってパッキングを急ぐしかなかった。

 
空港には親、兄弟をはじめ、親族、友人までも集まって、
無謀な二人組の為に大壮行会を催してくれていた。

・・・だが、僕達を見るその目は、
とてもお別れを惜しむ悲しみの目ではなく、好奇の目、
見ては行けない物を見てしまったような、なんとも不思議な目だった。
 

真新しい関西国際空港の四階にある、国際線出発カウンター。

華やかなスーツケースが並び、
小奇麗な服装に身を包んだ観光客で賑わうチェックインカウンターの前に現れた僕達は、

明らかにその場の雰囲気から浮いていた。
 
着古したジーンズ、見るからに暑苦しそうな分厚いトレッキングシューズに、
使い込んだカメラバックと大きな三脚。
おまけに汚れた大きな段ボールを、幾つも引きずるようにして現れたのだ。
 
「もうちょっと他に無かったのかよ」
 「だって、あれが一番大きくて、丈夫そうだったから…」
 
予想外に膨れてしまったキャンプ道具を詰め込む為、
昨夜、妻が近所の薬局の裏から拾って来た段ボールの表面には、
遠目にもはっきりと分かるくらい大きな文字でこう書かれていた・・・  

 「大人用・紙オムツ…」
 
テレビドラマによく出てくる海外への引越しシーンは、
いつもお洒落でかっこいいのだが、
ドラマと現実とのギャップがいかに大きいか、
僕の親戚はこの時知ってくれたと思う…

 「でも、ほら見て見て…安心・お徳用・新型・漏らさず…
ねっ、考えようによっては、縁起の良い言葉ばっかりじゃない?」
 
そう言った妻の明るさだけが唯一の救いだったが、僕にはその後に書かれた・・・

「逃さず固めて、そのままごみ箱にポイッ…」

・・・という部分が、なんだか自分の行く末を見ているようで、
とても縁起が良いとは思えなかった・・・




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人生、何事も「理想と現実」ってのがあるんですよね

続きは・・・

その5 出るには、出たが・・ へお進み下さい。

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