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いざカナダへ!
《 その3 無謀な結婚〜旅〜決断!》
一九九0年、春
僕は結婚した
…だが、
一年の内の数ヶ月を北米大陸の取材へと出かけて行く僕達の生活スタイルは、
全く変わる事はなかった。
当時、広告用に大都市を中心にした取材旅行をしていた僕は、
曲がりなりにもまだホテルと名の付く所に泊まり、
大胆にも妻に向ってこんな大それた事を言っていた・・・
「いいか、今はこんなに安くて小さなホテルに泊まっているが、
今に写真がバンバン売れて、来年はもう少し豪華なホテルに泊まれるようになって、
数年後には五つ星の最高級のホテルに泊まりながらリッチな旅行をしてるからな…」
…だが、現実は
僕の撮影対象は、徐々に都市から自然へと傾いて行き、
五つ星のホテルどころか、田舎の安モーテルから、いつしか車中泊、
そしてついにペラペラのテントが僕達の常宿になっていた。
今思うと、これは新手の結婚詐欺のようなものだが…
広大な北米大陸の取材を続けるには、テントは非常に便利だった。
なぜなら・・・
他に泊まる所が無いのだから
しかし、この一連の流れの中で、僕達のカナダへの移住計画は、
加速度的に、そして確実に動き出していた。
一九九0年 夏
更に強く北米の自然の魅力に引かれ出していた僕達は、
結婚後最初の長期取材旅行を、カナダのバンクーバー周辺からスタートする事に決めた。
宿泊先は、妻が学生時代にホームステイさせてもらっていたステイキュー家。
その時点まで、僕達の頭の中にはいつか北米に移住しようという気持は持っていたが、
それはあくまでも夢の延長線上にある話しで、何時?何処へ?と言った、
具体的な事はまだ何も考えてはいなかった。
それまでの取材旅行の経験から、カメラマンとして考えれば、
カナダよりもアメリカの方が、より強く被写体としての興味を持っていた。
大都市と自然、灼熱の砂漠から氷河の山へと、幅広い変化に富んだ魅力を感じていたのだ。
だがその反面、
アメリカでの撮影は、いつも危険と隣り合わせだった。
いきなりビールビンのかけらで顔を切られそうになったり、
騙されてお金を取られたりした事もある。
おまけに銃で撃ち殺された知人までいる。
とにかく危険な地域と安全な地域の差が極端に激しく、
親日派と反日派もはっきりと分かれている。
もし、これからの人生をそこで暮らすとなると、
今までのような数ヶ月の撮影旅行では感じなかった何かが、
どんどん積もっていくような気がしていた。
移住先を完全にビジネスと割り切り、撮影最優先で決めてしまうのか、
それとも妻や将来生まれて来るかもしれない子供の、生活しやすい場所で選ぶのか、
僕はその年まで決めきれないでいた。
バンクーバー国際空港から、車で東へ一時間四十五分ほど走ったアルダーグローブと言う小さな町に、
スティキュー家は在る。
当時、町にはニ軒のスーパーと二軒のガソリンスタンド、
それと二ヶ所の信号機以外にはほとんど目立つ物も無く、
町の周りには静かな牧場と畑が広がっていた。
初めてこの町にやって来た僕と、八年ぶりに戻って来た妻を、
彼らはまるで実の子供のように暖かく迎え入れてくれ、
僕達の為に連日のようにパーティーを開いてくれた。
昼間撮影に出かけている僕達を待ち続けていたかのように、
夕方になると近所の人達がみんな自分のイスを持って、
スティキュー家の裏庭に集まって来るのだ。
中にはアコーディオンを弾いてくれる者もいる。
またそれに合わせて歌う者や躍る者までいる。
ほとんど英語の出来なかった僕の所に、
みんなが順番にやって来ては一生懸命に、優しく話しかけてくれる。
中央には勢い良くキャンプファイヤーが燃え、
木の枝に刺したソーセージやマシュマロを焼く良い匂いが漂って来る。
飾る者など誰もいやしない、
みんなが素朴で、みんなが自然に語り、みんなが微笑んでいる。
特別何をどうこうすると言った派手な催しは何一つ有りはし無いが、
それがかえって僕には新鮮で、とても暖かい素敵な出来事のように思えていた。
もし、こんな場所で、こんな人達に囲まれて、こんな生活をおくることが出来たら・・・
それはどんなに幸せな事だろうか…
翌朝、
ホストマザーのジョンさんは、
裏庭で採れたラズベリーとストロベリーを朝食に出してくれた。
天然無農薬で時々虫が付いていたりするし、決して色や形が良い訳でもないのに、
僕は毎朝出される採れたてのベリーが、なぜだか嬉しくてたまらなかった。
そして午後からは、裏庭に在るメイプルの大木の下で、各々の好きなように過ごす。
僕はお気に入りの本を片手に、
カナダサイズの大きなマグカップにいれたコーヒーをすすり、
妻は鼻歌混じりにのんびりと日記をつけている。
足元には猫のスモ―キーと、犬のバンディッドが幸せそうに昼寝をし、
時折、頭上の枝に、リスやアライグマがやって来る。
今思えば、それほど広い庭でもなければ、特別珍しい出来事でもないのだが、
生れてからずっと大阪で、庭の無い家に育った僕にとって、
その一つづつのほんの小さな出来事が、
まるで映画のワンシーンに迷い込んだような気分にさせてくれた。
ステイキュー家に滞在して二週間。
撮影に出かけない、ある日の午後・・・
裏庭の木陰でカラッとした風に吹かれていた僕は、
いつしか身体全体が幸せに包まれて行くような気分になり、
はっきりとカナダへの移住を決めていた。
…それから六年。慰安旅行からは既に十年が過ぎ、
僕達は本当にカナダへ出発の日を迎えようとしていた・・・
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撮影旅行中に出会った人々の優しさに触れ
僕達は、カナダに移住をする事を決めた。
さあ〜いよいよ出発です。続きは・・・
その4 日本脱出! へお進み下さい。
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