いざカナダへ!



《 その2 最後の1ピース 》

人には必ず、自分に《ピタッ》と合う場所が、世界のどこかに在ると言う。

そして僕にとっての北米大陸は、
探し求めていたパズルの最後の1ピースのように・・・

まさに《ピタッ》と、はまったのだ。



 十歳の時、カメラマンになろうと決めた僕は、
その後、中学で写真部に入り、写真科のある高校へ進み、
卒業後は写真スタジオに勤務するという、絵に描いたような写真エリートコース(?)を歩いていた。
 
だが、カメラマンになってからも、僕の中には絶えず大きな不満が渦巻いていた。
 
「自分が撮りたい物はこんな物じゃない、自分がやりたかったのはこんな仕事じゃない…」

 自分が一体何を撮りたいのか?
一番肝心な、その『何か』を見つけ出せないまま、
入社一年後、僕は長年憧れ続けて来た写真業界からも離れてしまっていた。


この辺りの詳しい話しは、
Profile→藤江幸宏プロフィールに詳しく書いてあります。
御興味の有る方は、是非そちらをお読み下さい。



そして、その後しばらくお世話になっていた会社の慰安旅行で、
偶然行くことになった北米の地。

そこで僕は、生まれて初めてのカルチャーショックを全身に痛い程感じ、
探し続けて来たその『何か』をやっと見つけ出した。

 

 大平原の中をどこまでも続く一本のハイウェー。
吸い込まれそうな青空に向って延びるパームツリーと高級住宅街。
サングラスにピンクのビキニ姿で、ブロンドをなびかせながらオープンカーが疾走して行く…

今まで映画の中でしか見たことの無かった風景が、
現実の世界として、今、目の前に広がっていた。
 
 僕にはもう見る物、聞く物の一つ一つが新鮮で、強烈で、
それまでに一度も感じた事の無い、心のそこからワクワクするような感覚に、
全身が包まれて行くような気がした。
 
 「そうだ、俺が探してたのはこれだったんだ!
俺は必ずここに戻って来る、
そしていつか必ずここに住みついてやる…」


 今思うと、とんでもなく大袈裟で、かなりはずかしい誓いのようにも聞こえるが、
それまで占いも、超能力も、神様も・・・
とにかく自分に都合の良い事以外は全く信じなかった僕が、
その時小声で呟いたその言葉だけは、なぜだかしっかりと信じる事が出来たのだ。

 
わずか1週間の慰安旅行。・・・だが、僕にとってのその1週間は、
それまでの20年を一気に塗り返るのに、充分過ぎる時間だった。


 日本に戻った僕の前には、はっきりと新たな目標が出来ていた。
いや、それはもう目標なんて言う曖昧な物ではなかった。
自分の前に有るのは、太平洋を横切って行く北米へのただ一本の道だけだと思い込んでいた。
 
 …人間、思い込むと言うのは恐ろしい。

 特に僕のような単純な人間は、一旦思い込むと恐い物が無くなるらしい。
英語のえの字も話せないくせに、その旅行を境に、僕の生活は百八十度変わっていった。
もう一度北米に行く事だけを考え、生活の全てが回るようになっていた。
 
 しかし、現実はそう甘くは無い。
  
 コネも、貯金も、いざという時に現れるような頼りになるパリのおば様もいない僕にとって、
北米大陸はやはり果てしなく遠く、その日からひたすら守銭奴と化していった。

 もらった給料はほとんど手付かずのまま貯め込み、
五ヶ月後には会社を辞めて更に効率の良いバイトを三ヶ所掛け持ちして旅費を用意した。

 結局その年から、
僕はお金が貯まると、その有り金全てを握り締めて、
数ヶ月間の北米取材に出掛けて行き、
すっからかんになると帰って来るという、とんでもない生活を始めてしまった。


 宿の予約など全くせずに、
西へ東へ、南へ北へ…風に流れる雲のように、
気の向くままにバスや飛行機を乗り継ぎ、レンタカーを借りて走り回っていた。
 
 海の青さに驚き、空の広さに溜息をついた。
 山の高さや谷の深さを、知識ではなく自分の目で見て知る事の楽しさを覚えた。
 氷河に震え、野生動物に震え、銃の恐さにも震えさせられた事もある。
 腕時計が刻んでいた時間が、いかに無意味で小さな物かを思い知らされた。
 
 そしていつの間にか僕は、抜け出す事が出来ないほど、
この大陸の持つ不思議な魅力に取り付かれていた。


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ちょっとしたきっかけと、思い込み
いや〜人生ってのはほんと分からない物ですね。

更に続きを読んでやろうじゃないかという方は・・・

その3 無謀な結婚〜旅〜決断! へお進み下さい。

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