いざカナダへ!


  《 その1 強行開国 》 



 「あほんだらー…何をぐだぐだ言うとんねん!」


受話器を30センチ程も離しているのに、その声はまだ充分僕の耳に響いて来た。

「ええか!必ずお前も参加しろよ、これからの時代に世界を知らんでどうするんや!
ええなー、分かったなー」

ガチャン!!

ツーツーツー…

 僕の返事など全く聞かずに、関西弁丸出しのその電話は、
もう一方的に切れていた。
 
 1986年。
 当時、僕の勤めていた会社の社長は、『超』が三つ付く程のワンマンな人で、
こちらの都合など全くお構い無しに、社員は強制的に慰安旅行への参加を義務付けられていた。



 
その年、会社は空前の好景気に沸いていた。
そして、「いかにして経費を増やすか?」という事を、上層部は考えていたらしい。
 

そんなある日の朝
僕のその後の運命を大きく変える大事件(?)が起きた。

急遽、行われた社員全体会議

そこで突然発表されたのは・・・「海外慰安旅行計画」だった。
 
 行き先は、なっなんと……アメリカ西海岸!!!
 

今ならあまり珍しくもない話しだが
 時代はまだ、バブル景気に日本中が沸く以前、
急激な円高で、海外旅行者が急速に増加するよりも、まだ少し前の話しである。


 当然、会社内は騒然となった。

前年まで宝塚のファミリーランドにも連れて行かないような会社が、
突然、ロサンゼルスのディズニーランドへ連れて行くと言い出したのだから、
素直に「はい、そうですか」などと信じれるものじゃない。

「あのケチな会社が・・・絶対ウソに決まってる」
「アメリカ西海岸って、ミナミのクラブの名前だろ?」
いや、もしかしたら新手のリストラかもしれないぞ・・・」
連れては行くが、連れて帰らないって作戦か?」
「ああ、確かに社員が多過ぎるって、前に言ってたぞ・・・」
「現地で行方不明になったとか言って、見捨てられるのかな」
「確かにこの会社ならやりかねないな・・・」


冗談とも、本気とも取れない会話が、その日から延々と繰り返された。
だが、当時はほとんどの社員が海外旅行などした事が無い時代。
次第に、社員は態度を軟化させ、《良い意味で》この話題で盛り上がっていった。
中には
「俺は前からあの社長好きだったんだ、もう一生付いて行くよ」
・・・なんて言う、決意表明をする奴まで現れるしまつだ。


・・・だが

当時の僕は、典型的な英語嫌いの外人嫌いで、
徹底した個人鎖国制度を強く敷いていた。

当然、海外への慰安旅行など、嬉しいどころか、とんでもなく迷惑な話しだった。
 

「日本で何不自由無く暮らしてるのに、なんでアメリカなんかに行かなきゃならないんだ」
「アメリカなんかに行ったら、外人に噛みつかれるに決まってる」
「俺は大阪が好きなんだ、大阪でで死にたいんだ、だから行かない、行きたくない・・・」

僕はほとんど意味不明の理由を並べ立て、頑なに欠席を主張し、
毎日会社と戦っていた。


だが、僕と会社上層部との戦いでは、力の差は明らかで、
冒頭に書いた社長からの電話は、まさに黒船に乗って現れたペリーのように、
一気に僕を強行開国させた。 
 

 「くっそー、なんで俺がそんな所へ行かなきゃならないんだよ!
アメリカの西海岸も、淡路島の西海岸もどこが違うってんだ…」
 

 まさかこれが、その後の自分の人生を、根本から大きく変える旅になるとも知らずに、
僕は飛行機に乗る直前まで、本気でそんな事を呟いていた。



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さあ〜いよいよ初めての北米大陸への旅行が始まります。
続きも読んでやろうじゃないか、という優しい方は

その2 最後のワンピース・・・にお進み下さい。


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