アライグマ物語
第三章 働かざる者、食うべからず



 「じゃ、とりあえずこんな感じで始めますか…」

 狭い室内に急遽作られたミニセット。

アライグマ君達が賑やかに登場し、僕は急いでカメラを構えた。
 
舞台はいつものようにクリティ・ケアの事務所の中。
今日は動物保護活動の内容を知ってもらうため、また活動資金を集めるために、
クリスマスカード用の撮影をしているのだが、これがまたなかなか上手くはいかないのだ。 


「ほらほら、もう一枚だけだから…良い子にしててよ…ほらこっちこっち…」
 早くも僕の声がかれて来た。

 「ピッカブー(日本のいないいないばーと同じような意味)…グットボーイ、グットボーイ」

僕はもっぱら日本語で声を掛け、他の人達は当然全て英語で話し掛けるから、ややこしくて仕方が無い。

モデルを務めてくれているアライグマ君達も異様な雰囲気を感じているのか、
あっちへウロウロ、こっちへキョロキョロ…
しまいには回りに在る小物までガジガジと齧り始めるから始末に負えない。


よく子供の撮影は15分が限度などと言うが、
アライグマの子供の場合は3分が限度のようだ。

 しかも、普通のコマーシャル撮影なら、ある程度訓練を受けたプロの動物(?)が来るのだが、
今日のモデルは言ってみれば全くの素人だ、
その上、回りのスタッフも動物保護のプロではあるが、撮影には全く慣れていない素人ばかりなので
なかなか思うようには進まない。

 「すいません、そこに立たれると影になるんですが…」
 「あのー・・・手が入ってるんですが」
 「そこカメラにかぶってますよ!」

 …と、こんな調子がいつまでも続く。

とにかくみんな自分の本当の子供のように動物達と接しているから、
セットの中にちょこんと収まった彼らを少しでも近くで見たくて仕方がないのだ。

言ってみれば、学芸会に出ている子供の晴れ姿を見に来た保護者と言ったところだろうか。





 そんなこんなで回りに気を取られている間に、またもや困った事が発生した。

 「一、二、三…あれ?…一、二、三」

 何度数えても足りない。

いつの間にかモデルをしていたアライグマ君の数が一匹減っているのだ。

 「あれっ…ついさっきまで確かに四匹いましたよね…」

 撮影中に逃げ出したりしたら一大事だ。
僕の顔から血の気が引いて行き、急いで辺りを探そうとした瞬間だった…

 「ぎゃ〜…」

 全身を突き抜けるような痛みが駆け上がって来た。
辺りを探すまでも無かった
イスの陰にいた逃走犯は、いきなり飛び出し、
そのまま僕の脚目掛けて
グサッ
・・・と鋭い爪をたてていた。


 「痛ー…くっそ〜これじゃ全く前回と同じやられ方じゃないか」 
  
 僕は逃走犯を抱き上げ、よせば良いものを懲りもせずに説教など始めた。
 
「いいか、これは君達を保護するための写真なんだからな、
ちゃんと良い子にしてないとだめなんだぞ…」

 怒られているのが分かるのだろうか、逃走犯は小さくキュルルーと鳴くと、
両手を大きく広げ、真っ直ぐ私の方へと突き出して来た。

それは紛れもなく小さな子供が親に抱っこをせがむ時のポーズだった。

切り替えの早い僕は

 「おーそうかそうか、やっと分かってくれたか。
やっぱり何事も素直が一番だからな、なかなか良い奴だなお前は…」
 
…などと呟きながら、嬉しくなって彼を更に高く抱き上げた。

すると彼も嬉しそうにキュルルーキュルルーと言いながら
手をパタパタさせて、僕に何かを伝えようとする。
さすがにこんなに甘えられては放ってはおけない。

 「ここで一気に親密度を高めて、この後の撮影をスムーズに進めねば…」

 またもやつまらぬ事を呟きながら、彼を自分の顔の前まで持ち上げ
「ベロベロバー…」などとやり始めた。

僕はこの時点で、
「人間も動物も、英語も日本語も関係無い、問題は気持ちだよ…心が通い合えば…」
と、すっかり得意げになっていた。





彼は益々嬉しそうに(僕にはそう見えた)両手で僕の顔を挟み、
そーっと自分の顔を近づけて来た。
 
「ん?…どうした、キスでもしてくれるのか…」
 しかし僕の甘い考えは、次の瞬間・・・

「ギャ〜・・・・」

・・・と言う悲鳴に変わっていた。


キスしてくれるどころか、彼はいきなり、そのとがった歯で僕の鼻をガブリッと齧ったのだ。

 「痛〜〜…なっ何て事するんだよ、まったくもう〜・・・
腹減ってるんだったら自分のシッポ齧りなさい、シッポ…分かった」

 しかし、回りの者には遊んでいるように見えるのか、ゲラゲラ笑いながら大喜びしている。

 「あら、昼間からラブシーン?…いつの間にそんなに仲良くなったの」
 「あなたが来てくれるとおもちゃが要らないわね」
 …などと言いながら、腹を抱えて笑い続けている。

 結局僕は、今日もまた大きな傷を頂いて、撮影を終える事になった。
 





 撮影終了後、
お茶を飲みながら次回の撮影の話をしていると、
窓の外を見ていたゲイルさんが不意にこう言い出だした。

 「天気も良いし、そろそろ外に出す時期かしらね…」

 鼻の痛みも忘れ、僕の胸が高鳴った。

 「いよいよ彼らが外の世界へ出て行く時が来たんだ…」

 一旦片付けた機材を、急いでまた用意し直した僕は、ゲイルさんの後に続いて庭へと飛び出していた。



 風はひんやりとしているが、もう寒いと言う感じはしない。
少し傾きかけた太陽が、木の葉の向こうからキラキラ、キラキラ差し込んで来て、
初めて外に出た彼らを優しく照らしている。
 
だが彼等は日差しの眩しさに驚いているのか、キョロキョロ辺りを見回して全く落ち着きが無い。
まるでお化け屋敷に連れて来られた小さな子供のように、
彼らはゲイルさんの腕をしっかりと握り締めたまま、決して側から離れようとはしなかった。      

 そんな彼らに、ゲイルさんは根気良く、そして優しく話し掛けながら、
回りに在るものを一つ一つ丁寧に説明し始めた。





その姿はとても印象的で、人間の親子と少しも違わない。
 
だが・・・

この仕事の本当の難しさは、正にこれから始まるのだ……


アライグマ物語 4 へ続きます。


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