アライグマ物語
第二章 撮影会は運動会?

 


「そうそう…そんな感じ…いいねー、君はきっといいモデルになれるぞ…」

 僕は話し掛けながら夢中でシャッターを切っていた。


 この日モデルをしてくれているのは、ヴィクトリアと言う名前で、
現在施設にいる十四匹のアライグマの中でも、特に性格のおとなしい、
とても聞き分けの良い(?)女の子だった。


 彼女のおかげで、この日の撮影は大変順調に進み、すっかり僕は気分を良くしていた。

そして調子に乗った僕は、よせばいいものを・・・

「彼らのいる部屋の中に入って撮影をしたい」

・・・と言い出した。


 理由は至って簡単だった。
前回、事務所にアライグマの子供達を放してもらい、自由にさせたはいいが、
上へ下への大騒動をやらかし、大変な目にあったので、
今回は逆に僕自身がアライグマのいる部屋に入り、普段通りの自然な姿を撮影しようと思ったのだ。

 「うーん、我ながら良い考えだ」

と思っていたのだが、どうもそうではないらしい。


ジョンさんに話すと、すぐさまはっきりと表情が変わるのが見て取れた。
 
「どうしてもあの中に入って撮影したいんだ…」

 僕の言葉に、ジョンさんは明らかに困惑した表情のまま、
この施設の責任者であるゲイルさんの所に行き、説明を始めた。

僕の所にまでは、その内容は聞こえてこないが、
何やら難しそうな顔をして話しているその雰囲気は、しっかりと伝わって来る。
 
やはり彼らがまだ小さいので、部外者が中に立ち入る事には問題があるんだろうか?
 しばらくそんな事を考えていると、ジョンさんが戻って来て、僕達にこう言った。

 「中に入る事は構わないし、撮影も自由にして構わない…ただし…」
 
ジョンさんが一度話を切って、僕達をじっと見てから、再び話し始めた。

 「ただし…あなた達が部屋に入る時は、必ず私も一緒に入るから…」

 ジョンさんの真剣な表情が妙に引っかかった。

何をそんなに気にしてるんだろうか?

僕は冗談交じりに言ってみた。

 「ははは…大丈夫だよ、俺達はアライグマをいじめたりしないから」

 しかし返って来た答えは…

 「あなた達がアライグマをいじめるなんて思ってないわ
…でも
その逆が心配なのよ」

「え?…」

 僕にはその言葉の意味が良く理解できないままに、彼らの待つ部屋のドアを開けていた。




 約六畳程の小さな部屋が、七匹のアライグマの専用の部屋に改装されていた。

 彼らは生後三ヶ月前後で、人間の年齢に直せば幼稚園から小学生位の一番やんちゃ坊主の時期である。
部屋の中には彼ら専用のおもちゃ等いろいろな物がころがっていたが、
好奇心旺盛な彼らは、見慣れたおもちゃよりも、目新しい物の方が気になるようで、
僕達が入って行くと同時に遊びの手を止め、一斉にこちらを見た。

 彼らから見れば我々は間違い無く得体の知れない大男と大女だ。
 
「おい、変な奴が来たぞ…
うかつに近づいて踏んづけられたらたまらないぞ、
とても上品そうには見えないし、齧ったって美味しそうにも見えやしない…」
 
そんな事でも考えているのだろうか、不思議そうな顔をしてこちらの様子をうかがっている。





 僕は彼らに威圧感を与えないように静かに腰を下ろし、そーっとシャッターを切った。
出来るだけ驚かさないように、かなり神経がぴりぴりしているのだが、
カメラの方はいつもと同じようにカシャーン、カシャーンと無機質な金属音を響かせ、
同時に狭い室内いっぱいにストロボの光が溢れる。
そして今まで僕を見つめていたアライグマ達が、一斉にケージの奥へと逃げ込んでしまった。

 「あちゃー…困ったな、やっぱりストロボの光は怖いのかな?…」

 僕がそう呟きながらケージの奥を覗き込むと、彼らも私の事が気になるのか
そーっとこちらの様子を眺めている。

 カシャーン…
もう一度シャッターを切りストロボが光る。
彼らはケージの中でまたもや上へ下へと大慌てする。

 今までの経験から、モデルを務めてくれる動物が、僕に対して警戒心が強かったり、
撮影に恐怖を感じている場合は、大体数枚シャッターを切った時点で分かるのだが、
どうも彼らの様子を見ていても、怖がっているようでは無いらしい。

いやそれどころか、むしろ全くその逆で、こちらのする事が気になって仕方が無いようだ。
ただ見慣れない奴が現れ、目の前でカシャカシャするので驚いていると言った感じだろうか。

 最初、ストロボの光と同時にケージの奥まで逃げ込んでいた彼らは
「なんだ、光るだけで何てこたー無いや…」
なんて話てるのかどうか、どんどん、どんどん前に出る割合が増えてくる。
そして五枚目のシャッターを切る頃には、
もう七歩進んで三歩逃げ、八歩進んで二歩下がる位になっていた。

   


 あまりにも愛嬌のある仕草に、私はしばらくカメラから目を離し、彼らの様子を眺めていた。
すると、一匹のアライグマがトコトコトコと真っ直ぐ私に向かって近寄って来た。 

 「おーおー可愛い奴だな、お前は…」

 思わず手を伸ばし、そーっと頭を撫でてみる。
けっこう硬い毛だが、ふさふさしていてとても気持ち良い。

抱き上げて真近で見ると益々可愛い

しかし・・・

私はふっと他のアライグマの視線に気が付いた。

彼らは少し離れた場所からじーっとこちらの様子を眺めていたのだ。

そして一匹目が近づいてみて無事と分かると、今まで抑えていた好奇心が一気に爆発したのか、
一斉に私目掛けて駆け寄り、あっという間に前後左右を取り囲んでしまった。



     


 「おっ…なっなんだお前達、急にどうしたって言うんだ…」

 私は思わず少し身構え、立ち上がった。
しかしそんな事全くお構い無しに、最初の一匹が左足にガリガリと爪をたててよじ登り始めた。

 「ちょ、ちょっと待て、こら…痛い」

 私がそちらに気を取られていると今度は右の太腿の裏側に激痛が走る…
 
「痛!」

 振り向くと別のアライグマがグサリと爪をたててブラブラとぶら下っている。
 「痛てててて、こら無茶するな…」
  私は何とも情けない声を出し、その場にしゃがみこんだ。



     



しかし、これがまたまずかった。

標的が小さくなったと見るや、彼らはここぞとばかりに、一気に総攻撃を仕掛けて来た
背中にガリガリ爪をたてる者、Tシャツをめくりあげ下腹の辺りでモゴモゴする者、
一気に頭まで這い上がり髪の毛をカシャカシャこねくり回し、おまけに耳まで齧りだす始末だ。
 
もうこうなると痛いのとくすぐったいのと可愛いのと憎たらしいのがひっちゃかめっちゃかで、
何がなんだか全く分からない。

 私達を助ける為に一緒に部屋に入ってくれていたジョンさんの方を見ると、
ジョンさんも早くも沈没寸前で、部屋の角でもがいている。

「この部屋へ入る前にジョンさんが心配していたのはこれだったんだ」

・・・と気付いてみたところでもう遅かった。

 

      


後は撮影してるんだか、遊ばれてるんだか…
結局、僕は数本のフィルムと引き換えに、全身に無数のひっかき傷を頂戴して、
ようやくその部屋から脱出した。

 
 傷だらけで、全身がヒリヒリと痛む。
服には小さな穴が無数にあいている。

しかしアライグマの顔を思い出すと・・・
なぜかまた表情が緩み、
僕は嬉しそうに次回の撮影の約束を決めていた。



アライグマ物語 3 へ続きます。



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