アライグマ物語 
第1章 こんにちは赤ちゃん!




山から雪が消え、
代わって美しい新芽で森が華やぐ季節を迎える頃、
ここクリティ・ケアの施設は急に忙しくなる。


 このあまり聞き慣れないクリティ・ケアとは、
親からはぐれた者、事故や病気などで弱った者など、
様々な理由から、自分達の力では自然界で生きて行けなくなった動物を保護し、
傷を癒し、じっくりトレーニングを積んで、再び森に戻す活動を続ける動物保護団体の事である。

 
 僕は、ここで長年ボランティアとして働いているジョンさんに、
以前から「一度アライグマの撮影をさせて欲しい」と頼んでいた。

・・・そして今日、ようやくそのチャンスが巡って来たのだ。


 
「はっ…はい、アッア、アライグマですね!
行きます行きますもちろん行きます、今すぐどこでも飛んで行きます…」

 僕は電話を切ると、急いで機材を抱え、車に飛び乗っていた。


ジョンさんからの電話は・・・
地元の人達にもアライグマの保護を訴えるために
講演会用のスライド写真の撮影をして欲しいとの依頼だった。
 ただ・・・
アライグマがまだ小さいので屋外には出せない事、
すぐに疲れてしまうので撮影時間は三十分以内で終わらせる事、
あまりストロボを続けて近距離から使用しない事、
ボランティア活動なのでもちろん撮影料は一切出ない事
…等など撮影条件はかなり厳しいものだったが、この際そんな事は一切関係無い。
アライグマの赤ちゃんが真近で見れるのなら、
たとえ火の中、水の中…僕は森の中へと夢中で車を走らせていた。




 カナダ・ブリティシュコロンビア州・ラングレーと言う街の一角にその施設はあった。

 それらしき看板などは一切無く、外から見ると全く普通の住宅だ。
私はもらっていたメモ用紙の住所と建物の番地をもう一度確かめ、
少し緊張しながら静かにドアを開けて「ハロー」と叫んだ。
中にはジョンさんをはじめ数人のボランティアの人達が働いていたが、
「キュルルルー」と言う甲高い声で最初に僕を出迎えてくれたのは、
生後まだ二ヶ月ほどの赤ちゃんアライグマ・ジョージだった。
 

彼はクリクリッとした目で、しばらく僕をジーッと見つめてから、少し不安そうにまた「キュルルルー」と鳴いた。
 
まだ顔が細く、アライグマと言うよりも犬か猫の子供のようで、
部屋のちょこまかちょこまか走り回る姿がコミカルで、見ていてとても面白い。


ジョンさん達にいろいろ説明を聞くと、
ここではアライグマの他、リスやスカンク、オポッサム等の小動物を専門に保護している施設だと言う事が分かった。

そして現在この施設には生まれてわずか数週間の者から、数ヶ月の者まで十四匹のアライグマが保護されていた。
 
親アライグマが事故や病気で死んでしまったり、
民家に住み着いたあげく人間に殺され、後から赤ちゃんアライグマだけが見つかったケースなど、
様々な理由からここに運び込まれて来たらしい。


ここにいるほとんどのアライグマは、生まれて間もなくこの施設に運ばれて来たので、
もうすっかり人間を親だと思い込んでいるのか、ボランティアの人達の腕に抱かれ、
胸に顔を埋めてキュルルーキュルルーと鳴きながら顔を左右に振るしぐさは
人間の赤ちゃんと少しも違わない。

 小さな哺乳ビンを握り締め、懸命にミルクを飲んでいる姿を見ていると、
こっそり一匹カメラバックに詰めて持ち帰ろうかと思うほどの愛くるしさだ。



 しかしいつまでも見とれてばかりいる訳にはいかないので、そろそろ撮影を開始する事にした。


 いきなり現れて、なんだか見たことも無い機材を沢山持ち込み、
目の前でストロボをバシャバシャ光らせるのだから、とても友好の使者には見えないだろうが、
僕は出来るだけ姿勢を低くし、柔らかい口調で話し掛け、
おまけに顔には取って付けたような笑みなど浮かべながら、静かに静かに彼らに近づいて行った。 

 
 「ほらほら怖くないよー…こっちにおいで…楽しいよー…」
 
 ほとんど安物の映画に出てくる誘拐犯みたいな事をブツブツ呟きながら近づくと、
以外にも僕の心配とは逆に、彼らは全く怯えることなく、すぐに近づいて来た。

 「ははは…かわいいなーこのちびすけ…」

 トコトコトコ…と、足元まで寄って来ると、しばらく不思議そうに私の顔を見つめた後、
なんとも弱々しい声で、また「キュルルルー」と鳴いた。

 「かっ…かわいい…かわい過ぎる」

 いい年したオヤジが何言ってんだ…というのはこの際少し忘れて頂いて、
とにかくカメラを覗いている私の目じりが、どんどん緩んで行くのが、自分でもはっきり分かった。

クリクリッとした目でこちらを見つめて、
体を左右にゆさゆさ揺らしながら歩くその表情や、仕草の一つ一つに、私はすっかり魅了されてしまった

 「至近距離からあまり立て続けにストロボを使用しない」
・・・と、頭では分かっていても、ついついシャッターを押す回数が増えてしまう。

 
 しかしここで少々困った事を発見した。

彼らの性格は一言で言うと・・・

「好奇心の塊」なのだ!

特にまだ小さな彼らには恐怖心等と言う物はあまり感じていないのか、
とにかく目に付く物は、全て自分で近寄って、触れてみて、確かめないと気が済まないらしい。


撮影がしやすいようにと、ジョンさん達が気をきかせて、
部屋の中をアライグマが自由に動き回れる状態にしてもらったのは良いのだが・・・
ここからが大変だった。

何せ部屋の中には彼らの好奇心をくすぐる物が山のように有るのだ。

いろいろな資料を並べた本棚、
山のように積み上げられたタオル、
食器であろうが医療品であろうがそんな事全く知ったこっちゃ無い。

彼らは部屋中を所狭しと走り回って遊びだした。


 ある者は棚の上によじ登り、
ある者はまるでかくれんぼでもして楽しむように置いてある物の裏へ裏へと潜り込んで行く。
私が近づくと、さっと物陰に隠れ、背を向けるとまたひょっこりと顔をだす。
こちらと思えばあちら、あちらと思えばまたこちら…と、きりが無い。
 
「もぐらたたきゲームしてるんじゃないんだからな、ちょっとは協力してくれよ…」

 私がブツブツ言いながら近づくと、今度は棚の上からタオルの山がいきなりダダダッーと崩れ落ちて来た。
そして中からピョコッと顔を出したのは、またもやジョージだった。

 「あーあー…こんなことして、怒られたって俺は知らねーぞ」 

 そう言ってる間にも、部屋のあちこちから
ドサッ…バサッ…ガチャン・・・
などと嫌な音が次々と響いて来る。

目の前では既にジョージが棚から落としたタオルをクチャクチャ、コネコネこねくり回し始めてしまった。
 
「こっ…こら、ちょっと待て、そんな事してたら誰も君らを保護してくれなくなるぞ…
おい、ちょっと聞いてるのか、こらっ」

 私の声がだんだん大きくなって行くが、そんな事で彼らの手が止まるはずも無く、
彼らのいたずらが益々本格化していくのは、まだまだこれからだった…  



アライグマ物語2へ続きます


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